生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2010年 05月 18日

口蹄疫ニュースその後、ぎゃふんのこと、アンリマチスみたいに

毎日新聞でしたか、宮崎県では3月の頃にもう口蹄疫の感染牛がいたのではないかという記事がありました。続きの詳報が待たれます。殺された個体数がもう11万頭になったということです。すごい数ですが、県内での総数がどれくらいでそのうち何パーセントが感染して殺されたのか、その部分の報道がありません。宮崎の個人農家の体験報告を読みました。なんともいえないつらい気持ちになります。大人ももちろんですが、子供達はどのような気持ちでこの出来事に耐えているのでしょう。立派な動物たちですから。宗教的な気持ちをもって祈る以外に救いの気持ちを持てる方法があるでしょうか。

このあいだの連休中には娘のところの孫たち3人がこちらにいました。その折、ぎゃふんとなる経験がありました。わたくしの話を黙って聞いていた孫娘が妻と娘にあとで、おじいちゃんは昔の話ばかりすると感想を述べたそうです。そういわれれば、心当たりがあります。その後自分で気をつけてみると、一日になんども昔話をしている自分に気がつきました。
その時は、わたくしが戦争もあり幼稚園にもいかず遅生まれのいちばん遅い4月生まれですから、えんえん7才近くまで幼稚園にも保育所にもいかずぼけーっと家にいた話しをとくとくと妻と娘に話したのを聞いていたのでしょう。わたくしの好きな話の一つなのです。つまり幼稚園も保育所もいらんまともな人間はできる、という暴論に聞こえるのが楽しいのですね。なお、孫息子のほうはわたくしの真ん中の歯が空いているのを大変気にしてなんでだ、なんでだとうるさく聞かれました。そういえば外国でも同じくらいの子供に心配そうに聞かれたことがありましたっけ。その真ん中の歯はどこにいってしまったのと。

ロンドンでの老化の学会で、会場でばったりあった旧知の研究者と話をする機会がありました。
かれはアンリマチスが晩年になって,面倒なルールや束縛ごとをみんな忘れて好きなことだけやったら素晴らしい絵が描けるようになったといっていました。そういえば、わたくしもアンリマチスに不可解な気持ちを持っていました。ある時まではかれらしい案外面白くない絵を沢山描いていたのに晩年は豊穣というか豊かな色彩の絢爛とした絵を描いたのにどこかの展覧会でみたものです。
この話は、研究者がやりたいことをやるのは難しい、でも年取ってから居直って好きなようにやると研究が面白くてたまらないというわたくしの気持ちとも符合します。
年取ったのだから、もう焦点を絞ってなどといわれますが、わたくしの今の気持ちは、きょうは静物、あしたは風景、あさっては人物を描いてみたい、それがなぜ悪いのか,そういう気持ちです。奔放というかやりたい気持ちに素直に従うとそうなってしまうのです。
さすがに論文を書くのは2,3日は同じようなことをやらないといけないのですが、でも議論なら一日の中でもさっきまでは染色体、いまは細胞周期、そのあとでメタボリズムでもぜんぜん平気です。クリエイティブな議論がぞくぞく出来る、こういう気分です。問題はこれでアンリマチスのように後年よくいわれればいいのですが、研究成果としてはどうなるのでしょうね。わたくし自身はかなり自負しているのですが、それはひとさまが判断するというのがこの世界の掟です。しかし、掟なんてほんとのところどうでもいいのです。掟が問題なのは研究をする前提の条件獲得に必要なのです。理論でもやってネットで無料で得られる情報だけで仕事ができればその条件もいらなくなるのですが。

by yanagidamitsuhiro | 2010-05-18 16:57


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