生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2010年 09月 13日

50周年同窓会、老化は病気か

昨日の同窓会、いってやはり良かった。ある種のセレモニー、自分にとってのですが、そういうものになりそうなので、行きました。その予感は正しかった。50年間一度も出なかったが今回は出ましたという人達が10人くらい居たのでしょうか。その人たちの示す雰囲気を感じようとしました。わたくしも本当のところこれで三度目じゃないでしょうか。1年おきにやってるのですから、常連とは異なるセレモニーの感を持てたのは良かった。やはりわれわれの世代たくましく生きて来たのかな。でも今の世相については相当な責任ありという、意見も正しいのでしょうか。

同窓会誌には田中洋一君の追悼ともうひとつ「老化は病気か」というエッセーを書かせてもらいました。それをここに掲げておきます。末尾に、追記を書きました。


老化は病気か?柳田充弘
 「人間つまりホモ・サピエンスの肉体はだいたい60才くらい、せいぜい65才くらいの寿命でデザインされている」、と昔誰だったかの講演で聞きました。自分がその年齢を超えてみると,案外真理だなと実感をします。人類数十万年の歴史で平均年齢が60才を超えることはごく最近までなかったのですから、経験的真理でもありました。ネズミの自然死は約3年,ペットの猫、犬を大事に育てても寿命は20年程度です。人間の寿命はもともと長いのですが、21世紀になりますます伸びようとしています。
 相当数の国々で死亡時の平均年齢は現在65才を遥かに越えました。日本は女性87才、男性80才くらいとあります。どうしてそんなに伸びたのか,誰もが知るように医療の発達があります。大量死をひきおこす感染症は激減し、薬や医療の発達や衛生知識の広がりで命を長らえています。それに、栄養・食事が著しく改善し、また快適な住宅で健康が保てる、こういうことなどで著しく寿命が延びたのは間違いありません。ですから人為的な環境次第で人間の寿命はまだまだ伸びるかもしれません。しかし,人間の生まれつきの身体的デザインが変わったわけではありません。ヒトの進化というのはとても興味深い問題ですが,ヒト老化というか寿命の進化の問題もさらに面白そうです。
 65才を越すと、ふとしたことで死がやってくる可能性が高まります。急死ですね。人体をつくるどれかの部品が突然機能停止をしたりするからです。救急車で病院に運ばれる様な身体状況は、旅先などで起きやすいものです。脳とか心臓とかが突然機能欠損になるような血管系の障害が多いのです。もう一つの死の大きな原因である癌は診断されてもただちには死を招きませんが、65才を超えれば癌になる可能性は高まります。90才くらいまで生きると癌になる確率は50%くらいと言われています。脳、血管・心臓の病と癌、これら三大病は「生活習慣」と深く結びついた病気という人も多いのですが,加齢と遺伝的なものと両方が関わるのでしょう。
 そこでこの小文の本題ですが、老化は病気か?という問いです。
答えはまだないです。でも、わたくしは老化を病気と考えたいほうです。理由は世俗的なものです。すみません。65才を過ぎたら誰でもが体のどこかに不都合を生じるものです。体を作る部品は非常に沢山あるのですから,十や二十調子が悪いとか使えなくなることもあるでしょう。そのなかでただちに命にかかわるものは少数でしょう。薬を飲んだり、手術をしたり、生活習慣が関わっていたら思い切って生活スタイルを変えて命を長らえる場合が多いのです。糖尿病などは生活スタイルの改変で著しく良くなる病の例です。
 年を取ったら病気(老化)になるのは当たり前、老化をしっかり知りながら生きましょうというのがわたくしの考えです。老化は病気という考えに賛成しない学者は沢山いますので、こういう考えを他人に強制する気はまったくありません。でも老化現象は病気とみなして、もっと大々的に研究すべきだと主張したいのです。どこの大学病院でも老年科はおざなり、つけたり程度にしかありません。老化の研究は医学の世界ではマイナーの存在なのです。
寝たきり生活にならないことが抗老化の目標の一つです。そして体のほとんどは丈夫なのにわずか一つの部品の老化・故障での突然死を避けることが、65才以上の人々の目標でもあるでしょう。老化はみなさん多大な関心を持っているに違いありません。ですから、老化の本格的な研究が非常に必要です。
 ここまで言えば,老化の科学のこともすこし書かねばなりません。人体というのは細胞から出来ていることはご存知でしょう。細胞がいろいろな組織や器官をつくります。脳だって、筋肉だって,骨の様な固い組織ですら細胞から成り立っているのです。女性がなりやすい骨粗鬆症も破骨細胞というものの作用が強すぎるのが一因といわれています。
 すべての細胞は老化します。細胞は増える細胞と増えない細胞がありますが、それぞれに異なった細胞老化の問題があるのです。65才を超えた人間でも増える細胞は沢山あります。幹(かん)細胞というのが増える細胞の代表です。組織維持のために必要時に増えてくれます。
 幹細胞は無限に増えるのでなく一定の回数増えると老化して、増えなくなるのです。細胞が複製する回数の限界が複製寿命になるのです。
 いっぽうで増えてはいけない細胞が増えてしまう能力をもちます。つまり細胞が無限に増えてしまう、不死化がおこります。この不死化した細胞が原因となる病が腫瘍やそれが悪性化した癌です。
 年を取ると幹細胞は老化して組織の維持は困難となり老衰となる。一方で不死化した細胞が出現して体内に蔓延して,癌となる。こういうふうに老化した肉体が尽きていくプロセスは考えられています。細胞の複製回数に寿命があるので,複製回数の寿命が長くなればいつまでも元気に生きていけるかもしれません。ただし、癌になるような不死化した細胞でなく、幹細胞としての能力を持ちつつ寿命が延びる必要があります。いずれにせよ、老化と癌は近い関係にあることがおわかりでしょう。
 いっぽうで増えない細胞は神経や筋肉細胞がその典型ですが、長い寿命を誇ります。こういう細胞は増えずに何十年も場合によっては百年の年代物の寿命をもつのです。考えても見てください。幼児の時から存在する神経細胞がいまだわれわれの体内で生きているのです。
 ただ、細胞の中身はまったく不変というわけではなく,ホメオスタシスという河の流れが見かけ分からなくてもちゃんと流れているように、細胞の恒常的な性質の維持は絶え間ない新陳代謝に支えられているのです。しかしこのクロノロジカル(chronological)と呼ばれる長寿の増えない細胞の研究はとてもまだまだ理解が乏しいのです。わたくし自身がいま非常に興味をもっているのも増えない細胞の寿命です。
 沢山の脳神経の病気、たとえばアルツハイマー病などは神経細胞に蓄積する老廃物の様なものが原因となります。もしくは筋肉細胞の萎縮なども身体能力の極端な低下を引き起こすのです。変性とか萎縮とか病名につく病気の多くは、増えない細胞の老化と密接に結びついているのです。
 この同窓会誌を読んでいるわたくしたちはもう68年も生きているので,誰に教わらなくても人体が摩訶不思議な存在であることは知っていますね。いっぽうでこのくらいの年になると、人生の終焉はひょっとしたことで実に簡単にある日突然やってくることもありうることを経験的に知っています。
 60才以前で死んだ人達は老化をしっかりとは経験しなかったのですが,われわれは、これまでそしてこれからも、老化をたっぷりかそれとも短期間か経験していくのですね。老化を健康のひとつの状態と考えずに、死にいたるまでのステップの病気のひとつの状態と考えていいでしょう。そうすれば老化は基礎的な研究対象になり、より良く理解されるでしょう。
 老化をエンジョイとまで言えなくともこれからやってくるさらに未知なる「進行した老化」との出会いをわくわくしながら待つことができるのではないでしょうか。実際のところ,老化という病になっても元気いっぱい溌剌とした人生をかなりの長期間送ることができるかもしれないのです。

この文章の追記です。病気には病名があり、それぞれ診断法があるのですが、老化という「病名」はありませんから、医師があなたは老化という病気ですと診断することはありません。また死という病名もありません。でも、死は窮極の病気、つまり病気の王様かもしれません。医学の常識に合わないことを敢えて述べました。老化や死の研究を発展することが大切と強調したつもりです。
ごくありふれたことですが、自分が老化したとおもったら、病院にいってどうして自分はこうよぼよぼしたのかと、医師に尋ねると、診断してなにか適切な病気を一つ二つ場合によっては四つ五つ見つけてくれるかもしれません。

by yanagidamitsuhiro | 2010-09-13 14:36


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