生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2010年 11月 30日

東大医科研と朝日新聞のバトル、科学記者は司法記者になってはいけない

もう11月も終わりです。寒いけれども穏やかな天気です。
前から気になっていた、朝日と東大医科研とのあいだの「ワクチン臨床試験報道」なるものについての論争というかかなり激しいやりとりについてちょっと書きたくおもいます。東大医科研の所長の清水さん、朝日の記事には捏造があるとまで言っていますので、朝日はそれを撤回しなさいと見かけバトルは本格的です。しかし他紙が取り上げないように、どうも当事者にとっては真剣でも周囲はそこまではいかないのでしょう。わたくしも記事は読んでましたが、よく分からん、と言うのが正直なところで誰か冷静な第三者の解説が必要と思っていました。しかし、きょうは紙面に患者の会代表の方が、けんか両成敗とも受けとめられるような、意見を述べていました。第三者的にはこういう臨床試験に詳しい福島雅典さんが名前をだして意見を述べていますが、朝日寄りの、つまり患者の人権と安全を守ることがすべての上位にくるという意見で、朝日の記事はある程度福島さんの意見をバックに作っているかのような感もあります。しかし、ことがこじれているのはどうもそのあたりではなく、この中村祐輔医科研教授の野心的ながんペプチドワクチンの臨床試験についてかなり批判的な記事を朝日が書いたことからことは始まっているようです。つまりこれをすると消化管出血が起こることがある、症状として重篤と表現出来るような患者さんがいた、その情報を開示してないので、この臨床試験に協力している医師には批判というか、困るといってる人がいる、つまりかなりの難癖をつけた記事を書いたのでした。たぶん医科研は当初批判的な記事とはおもわないのでかなりの全面協力をしたのかもしれません(憶測です)ので、怒りも増すこう言うことでしょうか。
ところがこの批判者は匿名なのですね。それで批判者が誰かわからないかたちで記事が一人歩きしだして、患者はかなり大々的な記事なので不安におちいりこのような正規にまだなってない治験をやめるべきとかそういう圧力がかかりだしているのでしょうか(わたくしの憶測です)。記者が自分の全責任で批判すればまだしも、取材守秘義務をたてにどういう批判者かは分かりません。しかも社説で、ナチスの生体実験という非常に刺激的な言葉まで持ち出して、研究者の良心が問われるとまで書いたのですから、中村さんや関係者は烈火のように怒っていると(憶測です)と想像します。ナチスの表現は、患者に出血などの情報開示を前もってしなかったことについての責任追及としてでてきているのですが、どういう理由があれ刺激的過ぎます。こんな表現は最後の最後まで使わないことです。それで問題はこのような情報を同種のペプチドを使って臨床試験をしている他の施設につたえてないことは重大な瑕疵かと言うことです。
わたくしは混ぜ返すようですが、それじゃ伝えていたら、朝日はそれでいいとするのか、という疑問です。伝えるといったって、どんなクスリにもいわんや試験中のクスリですから副作用はあるに違いありません。伝えて、相手から,それじゃ試験をやめるべきかどうか聞かれたらどう返事をするのか。ともあれ伝えていたらいいというのでは、それで患者が守られているとはわたくしにまったく思えません。がんですから、多くの試験には危険を伴うし、ある患者に効いて、ある患者に効かないということもあるでしょう。
一番の問題は匿名の大学病院の関係者という批判者による記事づくりです。大学病院の医師が匿名の批判者として、試験治療でマスコミに意見をいうのはいいとは思えません。名前を出すべきです。そうでないと議論が出来ません。中村さんや清水さんや声明をだした癌学会の野田会長は権力を持っているから、怖いから批判意見は匿名でいうというのはよろしくない。朝日もそんな記事づくりを医療や科学記事で作ってはいけません。検事と司法記者みたいに都合のいい記事つくりをこう言う場面で匿名によって作ってはいけません。批判には勇気がいるのです。勇気のないひとはこういう記事づくりに参加してはいけない。福島さんは立派です。問題は記者さんたちの心にある人権感覚がずれていることです。それでこの問題は関係者が烈火のように怒り、関係の無いひとはしらっとして、試験治療をしている患者さんはどうしたものか記事をみて困ってしまう。事情を知らないわたくしがこれ以上意見をいうのは危険です。
大学病院というのは素晴らしい医療もあるが、一方で医院として体質的にもっとも危険なアクシデントがおきやすいところではないか。医療事故はしょっちゅうおきているし、事故とまでラベルを貼れないような出来事は非常に多い、というのは日本の大学病院の常識の一つとわたくしなんか、思ってしまっているのです。話が最後にそれてしまった見たいですが、大学の提供する試験治療、けっこう命がけのものが世界的にも多いのでしょうか。情報開示をすればいいのかな。それともそんな治療はやっていけないのか。世界標準でいまは動かないといけない時代なので、日本だけは違うというのはやはりまずいのでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2010-11-30 12:32


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