生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2007年 09月 22日

少子化時代の運動会、生駒氏の回答についてのわたくしの意見ーその1

きょう夕方までは、妻は帰りませんし、ラボにも行かないので、慌ただしくないので、朝食はちゃんと自分でつくり、料理的に温かいメニューですませました。冷蔵庫をあけると、二週間は十分にたべつづけられそうなくらい食材がありました。久しぶりに朝にコーヒーをいれてゆっくりしました。それから昼まで5時間近くありましたのでみっちり仕事をしました。その間、飼い猫が嘔吐したのでその始末が必要だったのと、小学校のほうから運動会のスピーカーからの音が聞こえてすこしうるさいのを除けば、平穏な土曜日です。昼には外には出ずまた料理をしました。なぜか塩がみつからないので困りました。しかしいろいろ味つけ用のものが冷蔵庫に入っていますので、誤魔化しは簡単です。
昼飯後はオスロでの講演の準備を始めました。まずはパソコン内のあちこちに散在している、必要なファイルとか図とか、一カ所のフォルダーに集める作業だけでおよそ小一時間かかったので、それで一休止。ここまで六時間はデスクワークをしたので、まあいいかと外にでて、小学校まで5分ほど歩いて運動会を見に行きました。最近は校庭には入れません、こういう時しか三人の子供達が6年間ずつ厄介になった学校の最近の様子を見られません。大きな校庭に大きな校舎、一時は一学年4クラスもありました。
1400世帯もある住宅地の小学校ですが、それが、いまは一学年やっとこ一クラスと聞いてました。実際に運動会を見てびっくり、子供の数の少なさに、それと家族観客の少なさです。小学生は全部で100人もいないのではないでしょうか。先生や見ている人も多めにみて100人以下でした。
そうか、これが少子化の現実かと納得しました。10世帯に一人も小学生は居ないのだと、分かりました。子供達は大声を出して、やってましたが、なにしろ校庭が広すぎて、ちょっとうつろな感じです。それに暑いこともあって、大人はみな校庭の端の樹木の下にいるので、なんとも締まらない、感じ。わたくしの知っている熱気と歓声に満ちた、小学校の運動会とはまったくかけ離れたものでした。

生駒氏の回答についてのわたくしの意見ーその1
昨日生駒氏からのわたくしのブログに対するレスポンスを載せました。
経過を復習すると、まずわたくしが9月7日のブログに今回のJSTの戦略研究費の発表に怒って、責任者でてこい、と怒鳴った(もじどおりではありませんが)ら、18日にJST理事の北澤氏が、そして昨日21日に生駒氏から回答がありました。極めてお忙しいお二人から、真摯な回答をいただいたこと感謝してます。
しかし、わたくしはこれで終わりにするつもりはありません。
特に生駒氏からの回答は、これで最近のJSTの研究領域の設定についていぶかしい感じをもっていた疑問が氷解しました。たぶん、多くの研究者がこの生駒さんの回答をかなり重要なものと了解されると思われます。もちろん生駒さんの現職のもつ意義と氏の影響力があるからです。
わたくしは、問題点を指摘せざるえないとおもいました。問題は多岐にわたるので、きょうはそのうちの二点を表面的に触れるだけにします。わたくしは、だいたい行政的なことはたいていはしかたないということで、文句は言わないほうです。つまり行政にはなんらかの論理がたいていはあるからです。おかしいと思ってもその時に論理的に誤りを相手に理解させるのは時間もかかるし極めて難しいからです。しかし一方で、振り子が振れるように、時間が経つと、行政の行きすぎは訂正されて、こんどは別の方向に行くものです。
それで今回の戦略の研究費のなかで、まったく該当者が無かった領域と40%と50%いう高い率で採択された2領域がありました。わたくしは、これはなにか3つの領域策定になんらかの問題があったと考えることも可能だと述べました。領域を極端に限定するのは、領域設定者、領域責任者に説明責任が発生します、と述べました。
そもそも採択件数がゼロなどは、領域設定に深刻なエラーがあったと言わざるをえません。いわゆる「責任者でてこい」、状態でしょう。日本中、研究費でみんな悩んでいるのです、こんな馬鹿げた話しがあっていいのでしょうか。とも述べました。

これに対する生駒氏の回答は以下のようなものです。
達成すべき目的のハードルがかなり高いために、2年目の応募者の中で該当する者がいなかったのは不幸でしたが、あえて妥協せず本当にゴール達成に資する研究者を選定する方針をとったと聞いています。
なぜその領域に応募がすくなかったのか、という説明は特にされていません。
氏は回答の終わりのあたりで、以下のように述べています。
「したがって、われわれのセンターでは、将来重要となる研究分野・領域を提案し,そこへファンディングすることによって、研究の進むべき動向を提示していきます。こうした新たな研究分野には往々にして研究者の数が少なく、したがって応募者の少ないテーマも有ります。それでも、そこへ勇気を持ってファンディングすることによってわが国の研究を正しい方向に誘導していきます。」
ひとつの論理がここにあることは間違いありません。
JSTが生駒氏をセンターの長にすえたことは、彼のような方のかんがえでJSTの今後を動かしていくようです。これでJSTはいいのでしょうかね。北澤氏はずいぶん違ったニュアンスのことをいつもおっしゃっておられますが。
わたくしの第一点は、生駒氏がまったく問題にしていない応募数の少なさが戦略の全領域にわたると、極端なケースと聞こえるかもしれませんが、採択が全領域でゼロとなることもありうる、そのようなことも覚悟して氏のいうところの国策的な研究を遂行する、これは極めて重大な方針変更へのコミットと思われます。JSTは本当にそんなんでよろしいんでしょうか。

さらに二番目において、看過できないのは、氏の領域設定における「癒着」の問題です。わたくしは、氏の説明において、今回の問題となった、領域設定のあいだに、不思議な感じをもちました。
日本の戦前、戦後の歴史は、「国策」と称するものが実際には、一部特定私企業の利益や便宜をはかることであったことをしめしています。国税による研究は、原則として特定企業の自己利益のみの追求に使われるべきではないでしょう。しかし、わたくしは実際には、日本の技業の体力のない部分や将来性のために国税を使うこと自体、特に経産省や厚生省農水省などの分野では当然でもあり、致しかたない面もあると思っています。しかし、このような方向への研究費の行政にかかわる関係者は徹底的に身辺に気をつけないといけないと思います。最近では、官僚の天下りの場所を確保するために企業への研究開発資金として国税がつかわれることが多いという、意見が国民レベルでは多くなっているからも当然です。関係者は格別に注意をはらう必要があります。
生駒氏は、ITの専門家であり、またかつてはIT企業のトップでもあり、IT関連をこの戦略研究の領域に設定するからには、最大のそして細心の注意をはらうべきです。個人的な影響力を行使すれば、いわゆる利益相反のルールに反することになるとわたくしは思います。
科学技術の分野は広大です。ITなどそのごくわずかな一部分です。その分野に研究領域を設定するからには、トップである生駒氏はその議論にはかかわってはいけないとわたくしは思います。かかわって、ある方向に誘導するのは、利益相反の問題が生じます。これは企業などがかかわらなくても当然の倫理的なイロハでしょう。
わたくしは、一研究者として、こんかいの戦略領域設定において、生駒氏は恣意的にみずからの影響力を行使した可能性がないか、JSTはきちんと監査してほしいと要求したいとまでおもいました。ここに書いてあることは、あくまでブログでわたくしのひとりごとのようなものですが、しかし、国策と称して一部企業群や領域の便宜をはかっては決していけません。特にそれが行政的な決定プロセスを経ずして、個人の特にトップに立つ人間の個人的な恣意的意図の影響があっては絶対になりません。
氏の回答は全体としてそのあたりの利益相反性についての部分があいまいです。領域設定は公開で行われてない以上、格段の透明性が必要となります。
きょうは、このあたりにしておきます。




by yanagidamitsuhiro | 2007-09-22 16:35


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