生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2007年 09月 24日

リジェクトしにくい、福田総裁の党内人事、ある若手研究者からの生駒氏からの回答についてのメール

論文ドラフトについての意見、しろうとからの意見はなかなか元気づけられるものです。いわくレビューアーはなかなかリジェクトしにくいのではないか、ただ、そうしたがる人はかなりいるかもしれない、云々。タイトルが良くない。わたくしもタイトルはかなりいけないと思って、新しいうんと短いものを考えていたところでした。
専門家の意見はポジティブでした。コメントは、詳細にわたるものですが、建設的かつ批判的、非常に役立ちます。これだけ論文内容を詳しく読み込める人は世界中でほとんど他にいませんから、たいへんありがたいことです。あしたは、現場の本人とこれらのコメントについて、話し合いしなければいけません。

きょうは午前中に来客あり。妻があきれてることについての件ですが、わたくし自身もすこしあきれています。これ以上は書けません。

福田総裁の党内人事をネットで見ました。伊吹幹事長、谷垣政調会長、どちらも京都の選出議員ですか。わたくしはふたりとも面白くないので評価しません。伊吹氏は京都生まれの京都大学卒、大蔵省に入ったのですから、さぞ秀才だったのでしょう。でも、ひとつひとつのセリフが面白くない、のですね。わたくしには。谷垣氏は、もっと罪深くてなんか面白そうなことを言いそうな風貌なのに、なんにもおもしろいこと言わないので、どうしょうもないですね。どうしてこんな人が派閥の長になれるのか、これも世襲なのですか。伊吹氏は世襲ではないということです。前に京都からは甲高い声でさけぶ実力幹事長がいたことを思いだしました。福田党内体制は表向きは、陰陽の陰でいくことを決めたようです。伊吹氏は政治活動資金でいろいろいわれていましたが、これからも大丈夫でしょうか。

外は雨です。さっきから降り出しました。畑のほうはだいたいやったので、いいタイミング、また水やりの必要がありません。これから、オスロでの講演準備でもしましょう。

「追記」5時にあった病室からの安倍首相の謝罪会見を見ました。「失意」ということばがなんども浮かんできた会見の様子でした。いろんな薬の効果でしょうかうまく喋れてません。こんごの議員としての政治生命を維持するために、新政権発足の前に国民に謝罪をするという必死の行為とみました。


ある若手研究者からの生駒氏からの回答についてのメール

以下のメールは生駒氏からの回答があったその日ある若手研究者から頂いたものです。ほぼ全文を掲げます。内容的にはわたくしはまったく同感です。わたくしの周辺のある若い人もほぼ同様な意見をわたくしに言ってきましたから、多くの基礎系の生物・生命科学研究者は類似の考え方をしていると思います。ただ危機感はもっても、絶望しないでもらいたい、と強くおもいます。生駒氏のようにおもうかたもたくさんおりますが、いっぽうでまったくそう思わない人達も沢山おるでしょうから。このことについては、まだまだこのブログで続行します。

9月21日付の「彼岸の頃、
生駒氏からの回答」というタイトルのブログエントリーを拝見し、生駒氏からの
メールの内容にある意味衝撃を受けました。このような拙い文章をお送りするの
はまさに汗顔の極みであり、かなり逡巡致しましたが、発信者であられる柳田先
生に、私を含めた多くの中堅研究者がどのような思いであのエントリーを読んで
いたかを感じ取っていただけたらと思い、メールを差し上げることに致しまし
た。先生の貴重なお時間をお邪魔するのは大変申し訳ありませんが、お読みいた
だければ幸いです。

ご存じかもしれませんが、さきがけは、私たちのような業績のおぼつかない比較
的若手の研究者(といっても私はすでにxx歳ですが)にとって、他の雑用に干渉
されることなく、自分のアイデアだけで研究を進めることのできる貴重なチャン
スを提供しています(年間一千万円は、研究室のセットアップは不可能にして
も、小さなグループが研究を続けるには十分な額です)。私も去年までの職(助
手:任期なし)を辞め、より研究のしやすいxxxxxxに移って研究を進め
ることができるようになりました。生駒さんの指摘にもありますように、JSTは
「研究者が喜んで研究できれば成功」という方針のようで、領域発足の席で北澤
さん自らそのようなお話をされたのを聞いたときに、採択されたことの喜びを実
感できたのをよく覚えています。

しかしながら、今回のエントリーで、研究開発戦略センター長である生駒氏が示
された個人的見解を読みましたとき、JSTの将来に絶望とも怒りともつかない感
情を抱いたのは私だけではないように思います。私が感じた絶望は、主に以下の
ような点から来ているように思います。

IT関連分野は、「大学の基礎研究が論文で終わったのでは研究者の自己満足にす
ぎない、実用になってこそ初めて基礎研究も研究としての価値が生ずるという特
徴」を持っているのかもしれませんが(私はこの分野に疎いため、本当にそうで
あるのかはわかりません)、少なくとも基礎生物学分野はそうではないことは言
を待たないことでしょう。それにもかかわらず、研究開発戦略センターの長たる
生駒氏は、「他の分野でも、CRESTはこのような共通の高いゴールを掲げて研究
を公募する形に変えていく必要があると感じて」おり、文面からそれを推し進め
ていこうという強い意志を感じます。

「JSPSの科研費と実質的な区別がなく、第2科研費と陰口をたたかれ、その存続
に疑問の声があがっています」「採択された研究者も科研費との区別なく研究を
進め、成果報告会でも科研費の研究報告となんら変わらない状況です」などの意
見は、文脈から判断する限り研究者から出た意見ではないように見受けられます
が、自由な発想に基づく研究に対する悪意さえ感じるというのは言い過ぎでしょ
うか。また、「明確なゴールを設定して、各チームが自身の研究のベクトルを少
々変更してでも、ひとつの目的を達成」するという発言が、基礎研究を含む科学
政策の決定に影響を及ぼすことのできる人物からであったことをお考えいただけ
るならば、絶望を禁じ得なかったのは容易にご想像いただけるのではないかと思
います。このような方向付けは、経産省や厚労省で進められている応用的研究に
適合することはあるかもしれませんが、基礎研究にはおよそ役に立たないもので
はないかと考えます。

果たして明確なゴールを見据えた基礎研究があり得るのかどうか私は非常に疑問
を感じます。そのような人知の域を超えたところにあるのが真理であると私は思
いますし、明確なゴールのある研究テーマで質の高い基礎研究を行うことは、不
可能ではないにしろ、非常に困難ことではないかとも思います。それを理解して
いるように思われない方が、JSTにおける科学政策の策定に関与していること
は、これからの日本の科学にとって不幸なことのような気が致します。そしてそ
の影響を最も被るのは、これから研究者となる若い世代ではないでしょうか。

「日本の研究者が将来を見据えて自分の研究分野を果敢に変更し、積極的に新分
野を開拓していく努力を応援」しているのは、十分ではないにせよ、現在の
CREST/PRESTOの制度であり、こと基礎研究に関して言うならば、生駒氏が描くこ
れからのJSTではあり得ないというのが私の個人的な意見です。

私に何ができるのかはわかりませんが、もしも本当にJSTがあのような考えを推
し進めようとしているのならば、多くの人に危機感を持っていただくよう働きか
けたいと思います。

by yanagidamitsuhiro | 2007-09-24 15:50


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