生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2009年 11月 20日

コメント欄を読む人達、若手の雇用と研究費

このブログの通常の訪問数はウイークデイが2500−3000で、きのうおとといは4000を越えていますので、相当数のかたがコメント欄を見にきているようです。
多くの学会や総合科学技術会議などから緊急アピールや提言が出てきているし、それらの趣旨はわたくしの意見と表層的にはそうは変わりません。ですからここではもうあまり同じことを繰り返したくありません。ただわたくしのほうは怒りにまかせて打倒民主党政権などと口走るところまで行きましたが、別に撤回する気もありません。だからといって自民党政権がより良かったなどという気もありません。失望が深い部分、怒りも深いともいえます。

きょうは仕事前に若手の雇用問題にちょっと触れておきたいと思います。
年寄りはひっこめなどという意見もありますが、年寄りがひっこんだら、若手の雇用問題は一段と深刻になることを、言っておかねばなりません。

いまの日本では、大学も研究所も自分の組織の一員としての研究者の雇用は減りこそすれ増えることはありません。
大学なら、若手が独立の研究室を持つのは漸増してはいるものの全体の中では実にわずかなものです。大学がみずからの責任で人事をして雇用(つまり常勤的に最低5年間とか)するリスクを取りきれないのですね。いい悪いは別にしてそういうことです。
ですから若手研究者の多くはポスドクになるわけです。このポスドクは機関としては研究費とをもつ古手独立研究者(つまり教授)の責任のもとに非常勤(つまり1年ずつの更新)で雇用するものです。大学には雇用責任はあるものの研究費が無くなれば雇用は消失するので、常勤的な雇用者とは当然わけて扱われます。いまの日本の研究費の多くはこの非常勤で雇われる人件費に使われますから、研究費の縮減は即刻雇用数の縮減になるのです。
研究機会はあるいみ一期一会ですから、ある研究グループが消失すればそこにいた若手たちの研究環境や研究テーマも消失するわけで日本の国土からそのような研究テーマプラス人間たちも居なくなるのです。ですからその分野がなくなるのは身を切られるように痛く感じることが同僚研究者たちに感じられるのです。
若手研究者の多くはどこかに行かされてしまうからです。お金がなくなればそれだけ若手の研究者たちもいなくなるのです。
いまかけ声でいわれている、若手への研究費には本人への雇用に必要な人件費は含まれていません。年間400万円から500万円(税込み)かかる人件費を込みで渡す若手研究費はまずほとんどありません。大抵の若手研究費なるものはせいぜい200万円程度で、研究に必要な経費であって本人の生活費を渡すのではないのです。ですから、古手研究者に雇用されてない若手研究者はどこにも研究費を申請できません。でき無いどころか、居場所も無いのです。
大学などは、みずからの責任で雇用する若手の数は極力減らしたいのです。機関が責任持って雇えるのは、研究主宰者までです。後の雇用は研究費があって始めて若手雇用が成立しているのです。
つまり研究機関にいる膨大な数の若手雇用は主宰者責任であり非常勤です。かれらは財務省レベルの書類では人ではなく物件、つまり人件費でなく物件費のなかに入っているモノなのです。
仕分け人などはこういうことをまったく知らないようです。わたくし自身もモノとして雇用されています。
古手研究者の大半は研究費と若手雇用についてだいたいおおむね似たような感覚を持っているでしょう。

このブログをよむ大半のひとは研究の世界にうといので、我々には常識でもこういうことを書いておかないとなにが問題か分かりにくいのです。

わたくしなどは、超古手で一刻も早く消えてしまえという意見も沢山聞こえるのですが、わたくしが居なくなれば、代わりに誰かがやってきて若手を雇用するかといえばそんなことはありません。単にわたくしとわたくしと一緒に働いている若者たちみんなが研究グループと雇用もろとも消えるだけです。
ですから、誰がなんと言おうと、たとえ直談判されようと、怒号にさらされようと、研究費をえることができなくなるまでわたくしは研究の現場をさるきもまったくありません。最後通牒が来る日までは。

by yanagidamitsuhiro | 2009-11-20 08:54
2009年 11月 19日

文科省文部科学省副大臣・政務官殿、先端研究とは、

けさ文科省の副大・政務官臣宛にメールを送りました。

このブログで昨日に書いたような意見をかきました。

昨日のあさ沖縄のラボにいく前に急いで書いて、怒りのあまり、注意深くかいてないな、と自分でも気がついて出かけたのですが、かえって非常に多くのご意見をあつめたようで、その点では良かったかな、と思った次第です。ただ、人やなにかを批判すれば自分が批判されるという当たり前のことに改めて気がつきました。

さてきょうは京都のラボに戻って、いま午後6時です。忙しい日でした。まだ、これからやるこがあるるので、書ける時間がちょっとしかありません。
それで、先端研究のことだけだけでもすこしつけ加えて起きたいのです。
わたくしの考えている先端研究の理想形とは、個人の創意から発想した研究です。どんなテーマでもいいので、なおかつ本人のつもりとしては、フロンティアでの成果をあげようとするものです。つまり、ボトムアップ型申請となります。
研究室の人件費とかを考えると、科研費でいえば基盤Sとか特別推進のような比較的高額の研究費が当たれば数年間思い切り研究ができることになります。
このようなボトムアップの研究に対して国策的といわれるトップダウンの先端研究があります。つまり研究テーマが最初から決まっているのです。
わたくしはこれになんら反対するものではありませんが、しかしどのような理由と経緯でそのような国策といわれる研究プロジェクトが選ばれたのかをなるべく透明に分かるように説明して欲しいとおもうのです。また過度に「役に立つ」ことを強調することは決してよい研究を生みだすものではないとも思っています。山中さんのお仕事だって、初期には個人の創意と好きでやってたので、トップダウンに沿ってやったわけではないでしょう。
先端研究とそうでないものの区別などはじっさいのところほとんど意味がない、と思います。やっている研究者本人の心意気で決まることでしょう。
わたくしは先端研究という言葉は好きでないのですが、行政が使うのでしかたなく使う程度です。やる気がある人がやろうとすることなら、なんでも先端研究、フロンティア研究なのでしょうがしかし、他人がそう認めるかどうか、優れた先端研究といわれるのはなかなか大変かもしれません。
何年も経って、結果をみて先端の結果をだしたという評価がおろされるのでしょう。

国家が維持する研究の頂点となる成果はは結局は個人の創意から出るものです。
それは芸術だって同じことでしょう。
わたくしは伝統主義者なので、過去の人々の偉業を学んで未来に対するエネルギーを蓄えてきました。わたくしの人生そのものがそういう過去の人々の魂を受け継ぎたいという欲求から成りたっています。
日本人の場合、特に明治以降の辛酸をなめるような努力は本当に大変でした。
わたくしは、先人に対する心からの尊敬とかれらの魂を少しでも分かち合って、受け継ぎたいと思っているのです。いまでもそういうつもりでやっています。ですから、わたくしの考える先人のパンテオンがあるからこそ、まだまだ未来に対するエネルギー維持できるとおもうのです。

by yanagidamitsuhiro | 2009-11-19 17:59
2009年 11月 18日

最悪、乱暴な民主党の科学技術政策、明治以来のわれわれの先輩に申しひらきがたちません

沖縄のラボにいく前に書いています。
民主党がどんなふうな科学技術政策を持っているかが分かってきました。その体質がわかってきました。
最悪、乱暴な政策をもった政党だということが分かってきました。あの仙石とかいう法曹あがりの大臣とか枝野とかいう議員はとんでもないくわせもんではないかと思えてきました。
かれらが知っている言葉は予算の縮減、半額、三分の1への縮減、こういう言葉しか知らないようです。特に先端研究への配慮の無さは信じがたいほどで、こういう研究費予算への、無知蒙昧をさらけ出しています。たぶんボトムアップの良さもトップダウンのうさんくさも知らないでしょう。本当の基礎研究のほとんどは文科省がやっているもので、他省庁の大型研究費の多くが非常に業界的な応用研究だということも知らないでしょう。経産省などでおりおりに見かける、とんでもない基礎研究軽視をする官僚を一段と駄目にしたのが民主党のこの関係者たちとおもえます。
行政会議の仕分けの結論を読むと、問題は多岐にわたっているのですが、きょうは先端研究だけに絞って書きましょう。
科学研究者とくに先端研究、フロンティアで働く日本のすべての研究者は立ち上がらないと大変なことになるのではないか、とわたくしは思います。どこかの誰かが反対してくくれるなどと思っていたら、そのうち自分の首をしめられてしまうでしょう。じぶんたちに対する「弾圧者」の出現と感じるのが正常でしょう。

民主党はポピュリズムが大義ですから数の多い若手研究者の多くに少額の研究費を与えてかれらの不満をなだめるでしょう。大型の研究費をとるわが国を代表するような先端研究者たちはごく少数残してあとは抹殺しても別に困らない、選挙には勝てる、こういう考えなのでしょう。
日本が戦前から戦後今日までえいえいと築いてきた先端研究のすばらしい伝統と財産を民主党が根っこから枯らすという大罪を犯しつつあるのです。枯れた樹木は二度と戻らないのと同様に、このような政策がまかり通れば日本の先端研究の多くは枯れてしまうでしょう。ここでの樹木はひとりひとりの研究者たちなのです。
来年度の予算は大なたを降られて、先端研究の場には累々とした死骸が横たわることになってしまうかもしれません。
そもそも先端研究の多くは世界的な観点から見なければ行けないのです。自国の利益だけのためにやる基礎研究などあり得ないのです。この一点がない科学行政は日本の場合破滅的です。
なぜなら基礎研究は世界中から報告された新しい報告をもとにして日進月歩をとげているのです。日本の貢献は他国からの貢献としっかりと結びつき合っているのです。
自国の研究成果を自国のためだけに使うなどというのはありえないし、お互いが協調して結果としては競争よりもむしろ助け合ってやっているのです。
先端研究こそが、その国のプライドをかけて、国力の総力と努力を結集してやる人類活動の一つなのです。科学研究の粋の精神はそういうことなのです。スポーツの祭典であるオリンピックを考えたらすぐ分かることです。新しい記録を見て人類全体が喜ぶそういうことなのです。
先端研究は日本人だけのためにやるのでないのです、世界中の人のために、人類の福祉と安寧のためにやるのが原則です。だからこそその成果は諸国の尊敬を勝ち得、自国の人々に誇りをあたえることができるのです。
日本の国力の最も大きなひとつの源泉はこのような先端研究から生まれてくるものなのです。
それがまったく分からない連中のしたり顔はそれこそ吐き気がします。
鳩山首相は理系とはいえ先端研究の経験はまったくないのでしょう。だから意義がわからないのでしょう。
民主党がこのような乱暴な仕分けを実際の予算に反映するのなら、わたくしたちは打倒民主党のために立ち上がらなければならないでしょう。さもなければ、枯らされてしまうでしょう。
明治以来のわれわれの先輩に申しひらきがたちません。

by yanagidamitsuhiro | 2009-11-18 07:26
2009年 11月 17日

普天間と辺野古

わたくしがいま泊まっているホテルの窓からは話題になっている普天間基地が正面に見えます。ただ滑走路は遠くヘリコプターなどは見えません。すぐ近くにきしゃばハウジングといわれる米軍住宅地の巾の広い道路が滑走路その先の東シナ海に向かってまっすぐに伸びています。
この沖縄中部はどこを動いてもすぐ米軍関係の基地やハウジングにぶつかります。中にはいることも外から見ることもできません。このホテルのようなある程度高い場所になると中がみえるわけです。ひと言でいって別天地に見えます。
北部の辺野古に移ることはもう随分前から決まっていたように見えました。
大学院大学がいくつかの候補地の中から北部の恩納村に決まったのも、北部地域振興の大義名分があったと関係者に何度も聞かされたものです。
大学院大学に直結する道路も開通したと昨夜聞きましたが、これでこの道路周辺の地域も開発されていくでしょう。
わたくしも来年にはラボが引っ越すのでこれからは北部の恩納キャンパスで働くことになります。
わたくしには関係ないどころか、普天間も辺野古もかなり関係したはなしなのです。
しかし沖縄で生まれ育った日本人とはまったく異なった関係です。
生まれた土地がいまだに米軍に「支配」されているのです。昔のようなことはなくても基地で分断された沖縄の状況はなにも変わりません。基地をみれば基地から出る激しい騒音を聞けば、無言で沖縄を忘れようとしている本土の日本人を告発しているように見えます。
知事は日本政府が頼りないとおもうと、すぐ米国ワシントンに直訴に行く体質がまだまだ残っています。琉球政府の存在は忘れられても、沖縄県政には米軍との関係が色濃く残っているでしょう。
また表面的にはそう見えなくても利益誘導的は政治は厳然と存在しているのでしょう。これは必然でしょう。ただ見えないふり、見ようとしない、そういうことが起きているのでしょう。
いま沖縄でおきていることを正確に知ることが沖縄の未来にとって一番大切なのでしょうが、しかしそれはたぶん一番難しいのでしょう。

by yanagidamitsuhiro | 2009-11-17 07:47
2009年 11月 16日

後から見たらどういう時期だったのか、ワークショップの打ち合わせ

長い一日でした。
涼しいというかわたくしにはほぼ寒いという感じでした。
こちら人事異動もあり、変化が多いので研究以外に考えることが多いのです。
いろいろ対応しなければならないことで一日が経ちました。

後から見たらどういう時期になっているのか、そのあたりの判断が必要というか重要です。
なにごとにより、歴史的感覚で物事を見たいと思っています。歴史などというとえらく大げさな感もありますが。

もうすぐこちらで主催するワークショップの打ち合わせもありました。準備に頑張ってくれているのでありがたいことです。膨大な準備作業です。
小さいのですが、懸案事項のひとつは、飲酒の問題です。
飲む本人が自腹を切るわけなのですが、どういうタイミングでそう伝えてどうお金を回収するのか、気分良くやるためにはそれなりの配慮が必要となるのです。こういう点はくだらないようですがでも重要なのですので年寄りのわたくしなどが参加して決めることになります。

by yanagidamitsuhiro | 2009-11-16 22:33
2009年 11月 15日

中学生と語った生命科学

肌寒い日です。
昨日の薪運びがこたえたのか、すこし腰が痛い。
全部で80束くらいデッキの下の空間に積み上げましたので。
これだけあると、普通の年はは余ります。正月に長く居続けてかつ寒いとちょうどくらいかもしれません。

10才からの生命科学でなくて中1だから13才ですか、この子どもたちに準備した話題というのは以下のようなものでした。
1日目 わたくしとみんなが自己紹介した後、生命科学と生物学の違いを説明しました。生命科学は人間に役立つもので、生物学は好奇心、面白いということだけでもやっていいが、生命科学というからには人類の幸せに貢献するものと定義しました。
そのあと、DNAとはなにか、細胞とはなにか、分子とはなにか、遺伝子とはなにかということをそれぞれ15分くらいずつ説明しました。
目に見えないものがなぜ生命にとって大切なのか、これも説明しました。特にだれも人々は一つの細胞から出発したことを強調しました。お母さんからの卵細胞はお母さんの体の一部、お父さんの精子細胞はお父さんの体のいちぶだけれども、受精卵はみんなひとりひとりの出発点だというのはなんとなく分かったみたいでした。
30分間質問の時間を持ちました。おもしろい質問がでました。iPS細胞みたいなものがなぜ世間をにぎわしているのかもちょっと説明しました。
二日目にはまず生物と無生物の違い、ウイルスはどうかんがえる、狂牛病の原因のプリオンみたいなものは、どうなのか。そういう感染や増殖という観点で生物を考えてもらいました。
次ぎに進化を話題にしました。随分二日目はこなれて生徒たちの表情も乗っている感じでした。
前回ほとんど説明出来なかった、ゲノムや染色体を分かってもらうために、京大生命科学の加藤さんの研究室が作ったヒトのゲノムマップを皆さんに配って見てもらいました。これはとても良かったみたいでした。沢山質問も出ました。
そのあとで、病気、がんのようなものを例にして話をしました。また老化も話題にしました。老化は病気か?と聞いたら、だれも病気ではないというのがわたくしには印象的でした。
そして増えない細胞を話題にしました。神経細胞や筋肉細胞が増えないこと、それでもすごく長持ちすること、そのために細胞はいろいろなストレスに対応できること、また川の水の流れのようなホメオスタシス(恒常性)という性質で命を長持ちさせているということを話しました。
これは分かってもらえた印象が強いです。
最後に分子生物学の中心ドグマのことを話題にしました。DNA→RNA→タンパク質このような情報の流れはすんなり受けとめてもらえたように思います。
生命科学は特に女性が、つまり母性というものを備えた女性がしっかり分かる必要があるといったら、中学2年生の女生徒はみなさんうなずいていましたから、実感として分かってもらえたでしょう。中1と中2の混成の生徒たちでしたが、この1年の差は大きいのだとわたくしなりに理解しました。
こういうかたちの生命科学の導入をこんどは中3の生徒たちと同じような座談会スタイルでやってみようということです。来月です。理解の違い、反応の違い、そのあたりをわたくしなりに分かりたいのです。どうなりますか。

きょうはこれから、沖縄です。いま関空の待合室です。
今日あたりの天気だと早く沖縄の暖かさに着きたいという感があります。

by yanagidamitsuhiro | 2009-11-15 14:01
2009年 11月 14日

オバマ大統領の来日、成果が見えない研究、中国の若者たちの台頭

米国オバマ大統領が来日されました。きょう演説がありましたが、要旨を聞くと日本国民への格別なメッセージはないようでした。お互いに元気がでる関係はいまはないということでしょう。小浜市民の歓迎活動の健闘ぶりが世界のニュースになっているのが日本側から見たら唯一の救いでしょうか。
米国から見ると東アジアはもはや経済横綱中国の地域であり、日本はその露払い的存在でしかないのでしょうか。日本と米国の両方の国を知り尽くした象徴的人物が政治的なシーンに出てきません。これも芳しくないですね。
沖縄での米軍基地をどうするのか長期的な観点も短期的な解決策も日米両国で同意したものがない、これが一番の問題だということが分かってきた。そういう意味で、問題が隠蔽されてないのでいいのではないでしょうか。でも沖縄に住む人達から見れば民主党政府がいったいなにをしてくれるのか、この一点が焦点の問題となってきました。

研究費に緊急なんていうものがあるんでしょうか。ほんとはないはずだと思います。緊急といっても頑張って数年くらいのタイムスパンがはっきりした成果をあげるのにかかるのでしょう。ですから、緊急性がないとかいわれて、仕分けで研究費を削減するのなら、ほとんどの研究費は削減されるものでしょう。研究費を3年もらって4年目にどんなはっきりした成果があがったと国民に聞かれてもなかなか言えないのが大半の研究でしょう。そのかわり、10年くらい前とか20年くらい前の研究がいまこういう風に成果をあげているとかは言えますが。でも、それを一つの研究の成果というのはためらいます。研究は継承でもあるので。それに成果なんてはっきりしないことが多いのです。威勢がわるいのですが、本音はそんなところです。
ワトソンとクリックの論文なんていま引用する人は誰もいません。誰もが知ってしまったら論文引用もしないのが普通です。
ですから成果がどうあがったとタックスペイヤーに正面切って聞かれて論文がなんども引用されていますなんて、自信をもって説明するのは気持的には難しいのです。こんにゃく問答みたいになりますが、成果はひと言では言えないのです。でも、ほんとはほんとはかなりあがっているのです。
スポーツやなんかと比較されてもこのあたりは困ります。仕分けする人達の意見をいちど正面から聞いてみたいものです。わたくしの研究なんかを例にして。

きのう中学生に日本はまだメードインジャパンの研究でノーベル医学生理学賞をもらった人は誰もいないのです、いいながら立場が弱いなあ、と感じました。彼等を励ます言葉がすぐには見つからないのです。抽象的にはいえるのですが。こういうのが一番つらいところです。すごく面白いんですでは、説得力ないし。安定した職は望めない、等といったら今の時代若者はこないかな。
中学生には中国の若者たちは凄いいきおいで米国を手本に科学技術をやっているので、10年くらい20年もかからないうちに日本は追いつかれてしまうかも、というような話をしました。わたくしにはいまやこちらのほうが一番の関心事です。
昼頃から比良のほうの家にきて薪を所定の場所にいれたり、野菜を保護したりしていたらもう夕方です。きょうはこれから帰ります。

by yanagidamitsuhiro | 2009-11-14 16:23
2009年 11月 13日

生命科学の早期教育

きょうは二度目の中学生との出会いでした。
おたがいにこなれた感じでした。
きょうは女生徒が5人増えましたが、それも良かったかもしれません。意見交換が活発になってオブザーバーの企画者もおなじような感想でした
わたくしとしては、ますます生命科学の早期教育の重要性を痛感しました。
なんとか10才での早期教育を望みたいところです。
このブログは若手生命科学者も案外読んでいるのようなので是非ともかれらの世代のうちに実現してもらえたらわたくしとしては望外の喜びです。
前から思っているとおり、生命科学はルールというか考えの基礎を飲み込めばそのうえにどんな知識ものっかるので10才からの生命科学を理想としたいです。
二日目の最後にDNA→RNA→タンパク質の中心ドグマを説明しましたがすんなり吸収してもらったとおもいます。

by yanagidamitsuhiro | 2009-11-13 22:51
2009年 11月 12日

行政刷新会議の雰囲気、お金がありすぎてのブラックジョーク

仕分けというのですか、予算申請を判定する会議とかいうものがいま行われているようです。世人の関心をかなり集めていることは間違いありません。
昨夜ニュースでその一部を見ました。
最近ついぞ見たこともないような雰囲気の会議でした。なかなかきついものでした。そのうえ公開ということですから、こういうものはかなりの効果があるのでしょう。でもどういう方向の効果かはわかりません。
でも公開ということ自体はいいに決まってるのでしょう。国民の税金ですから。
ただ全部を審査するのでなく、ごく一部だけ。知恵者にいわせると、削減が可能なものしかあつめてないとのことです。削減が困難なのは大勢の公務員が張り付いているものなのだそうです。わたくしなどが頼りにしている研究費補助金は首切りなど簡単にできる(政府からみれば)人員しかなので削減可能でだから、全部審議というかまな板に乗るのだそうです。
でも激しい議論を子どもたちにみせて悪いことはないでしょう。税金をどう使うか、激しい取り合いの世界だと、こういう社会の面もあるということで。
しかし、こういう会議の報道の直後に、鳩山首相が出てきて、個人的なお金がありすぎて、てどうもお金の扱いがいい加減になってすんません、という弁解が聞こえてくるとなんとなくブラックジョークの世界にいるような気がするものです。
これほどのお金持ちがかつて首相になったことがあるのでしょうか。イタリアのベルルスコーニ首相もイタリアで一番お金持ちなのだそうです。

by yanagidamitsuhiro | 2009-11-12 15:22
2009年 11月 11日

神谷美恵子展、Yukiko Yamashitaさん、Elisa Stone, Sophia Suさん

神谷美恵子展行ってきました。昼ご飯後に出かけて帰ってきたのが2時でしたから、小1時間は見ていたことになります。丹念に手紙や日記の類を読んでみました。
子ども時代から30代くらいまではなんとなく重苦しかったのですが、40代になってからの人生に充足したような笑顔をみてホッとしました。日本における超一流の家庭で育って大変だったのかもしれません。父親が戦後最初の文部大臣の前田多門で、新渡戸稲造とかぞろぞろ偉い人がでてくる幼少期はいくらのびのび育っても、抑圧的だったのでしょうか。それとも気性的にそういう人生の歩みをする人だったのかもしれません。日本語よりもフランス語で考える方が楽だったということや、米国の大学を卒業し、また女子医専も卒業し、これ以上の公的および家庭的教育を受けるのは不可能と思われる方です。高等教育を受ける女性なら一度はこの方に興味を持ってみるのが色々な意味で意義があるのだろうと思われました。本も買おうと思ったのですが、ぱらぱらめくったらどうもキリスト教色がかんじられたのでやめてしまいました。それにわたくしなんか、なんだかんだ行っても男性優位の社会で生きた人間、彼女の本はたぶん読んでいてつらくなるのでしょう。いま育休を取っている長男あたりなら楽に読めるでしょうが。
きのう米国の細胞生物学会のニュースレターが来たのでぱらぱらめくったら、微笑む女性の写真があって、それは山下さんでした。なつかしい。びっくりしたのは、大学院生時代の写真じゃないかと思えるくらいなのでした。もう学位をとってから10年は経っているはずですが、長いこと会っていません。このあいだスタンフォードに行ったときも不在でした。
この学会の若手女性を顕彰する賞を取られたようでインタビュー記事が載っていました。彼女はもちろん日本にいたときも優秀でしたし、よく知られた人ですが、米国にいってから大々的に発展したのです。素晴らしいことです。こういう人がかつて学生さんでいたこと名誉なことです。

そういえばすこし前ですが、おなじニュースレターでElisa Stoneさんの写真も見ました。彼女は米国のRolf Sternglanzさんのところで博士をとってわたくしのところでポスドクで2年ほど滞在したのでした。とてもいい仕事だったのですが、Sds22という遺伝子でCellに最後の最後で駄目になって別なジャーナルで論文を発表したのでした。帰国して二度目のポスドクをして、なんどかジョブを探したのですが、どうもうまくいかなくて結局サンフランシスコで高校教師になって生物学を教えていると聞いています。ニュースレターにでたのは、細胞生物の教育で業績をあげて活動も活発にしていると言うことでした。Elisaさんは思いだすと自責の念がわたくしの頭にもたげます。もうすこしなんとかジョブを探すときに手伝ってあげられなかったのか、そういうことです。いまならもうすこしまともに助力ができたと思うのですが、わたくしも若く未熟でした。
同じようにコロンビア大学で学位をとったSophia Suさんにも上手な手助けをしてあげられなかったような気がします。いまは彼女は母国の台湾に戻って、アカデミックな仕事をしているのですから、ハッピーなのかもしれません。しかしもうすこしわたくしがいいアドバイスができなかったのかと思うことがあります。エリサさんもソフィアさんもおやごさんにも会っています。
世界中どんな国でも遠く離れた娘のことを思う親の気持ちは同じなのです。期待と不安、そして早く戻って欲しい、入り交じった感情をおやごさんから強く感じたものです。
ソフィアさんの業績はほとんど注目されませんでしたがいまのわたくしが沖縄でやっている研究の原点にもなるものです。彼女のことをおもいおこすと申し訳ないと言う気持が起きてくるのです。理由はうまく説明ができないのですが。

by yanagidamitsuhiro | 2009-11-11 15:58