生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2018年 07月 20日

オーム事件について

オウム真理教の事件の被告たちの死刑執行が行われてから、だいぶ日がたちました。この間、骨太な評論が読めると期待していましたが、今にいたるまで見つかりません。探し方が悪いのかもしれませんが。
戦後のいろいろな事件のなかでも特殊であり、非常に規模の大きな事件を引き起こし、多面というか見える部分が多々あったので、簡単に一刀両断できるようなものではありません。
わたくしなりに整理すると、宗教的な側面を強く持った、一人の教祖のもとに絶対服従の原則のもと集まった集団でした。多数の死者、6000人以上という極めて多数の被害者を生み出しました。東京の地下鉄車内や長野の住宅地などで無差別化学テロを引き起こしました。軍事組織的なテロ集団とみなせる。
日本の法体系では多数の死刑犯を生み出したのも当然でしょう。しかし、殺戮を繰り返したテロ集団とひと言ではいいきれないような、オウム集団の歴史的な変化の推移があった。初期には、その本質が表に出る以前には、テレビのバラエティ番組などにもメンバーがよく出てきたものです。スポークスマンがテレビで延々しゃべり続けていると多数の視聴者がいるという状況もあった。このスポークスマンは自分の属した集団の犯行などは知らなかったのでり、そのために饒舌さが失われなかったのだそうです。
それゆえ、オウム集団は最初のころはそのような凶悪な犯罪集団というイメージでは社会にまったく受けとめられず、社会改良をめざすヨガを行う善意の集団という認識すらあり、そのためにテロ集団になっていく過程の理解に大変時間がかかった。実際に参加者の大半が自らの所属する集団の凶悪化にきづかず、さらには凶悪犯行の共犯役となってもその認識に乏しかった人々もいた。参加者自身はもちろん、社会的の側にも誤解が多々あり、極めて危険なテロ集団という認識にたっするのに思いの他に時間がかかった。
ある時点から軍事的行動をくりかえすテロ集団に社会認識がえられた。一方で、最後のころは何を目的とした集団であったのかわからない存在にもなったようです。裁判などに密着していてないとなかなか全体像の変化をつかむのは難しい。
軍事的組織に近いテロ集団、国家転覆も意図しかねない組織。わたくしは、殆どの参加者が逮捕収監されて以来そのような認識で過ごしてきました。第二のオーム事件がおこる気配もいまのところないようです。

個々の参加メンバーをみると人間的な魅力もあり、また後には激しく後悔し、自責の念を持った人達がいたことも事実。集団に参加さえしなければ有意な市井のひとたちとしてまっとうな人生を送れたはず。このあたりを重視すると、オーム関係者に同情的な感情を持つ人達がいることもたしか。しかし戦後最大のテロ事件、世界でも希有な実行能力をもったテロ事件という認識で見るのが一番まともとわたくしは思う。
集団死刑執行には批判がある。たしかに、あまり気持ちはよくない。
しかし、ここで間違えていけないことは、欧米ではテロ犯については現場での射殺がしばしば行われており、現場での死刑というか処刑が頻繁に行われており。これは、市民を守る為に当然と見なされているようです。
むかし、テルアビブでの空港テロの直後など欧州の空港はどこも軽機関銃を手に持った兵士で満ちていました。
集団テロは軍事行動との理解であり、対応も警察でなく軍事的になるのは当然と。

わたくしは上に述べた自分の素朴な考えが間違っているのではないかとおりおりに感じるのですが、でもいまのところまだ考えを改めるような論考には出会っていません。




by yanagidamitsuhiro | 2018-07-20 13:33