生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ

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2018年 04月 07日

太閤桜




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# by yanagidamitsuhiro | 2018-04-07 08:08
2018年 04月 07日

大津・京都満開桜の縦断のたび


先週末に近畿の桜は満開だろう、という報がいくつも直接、間接聞こえてきたので、1週間は早いという判断は捨てて、他のことはなげうって大津と京都の桜を見に行ってきました。
大津・京都縦断と銘打った旅行で、あまりのんびりした気配はありませんが、でも最大に堪能しました。

まず地元ですが、わたくしは大津の北にセカンドハウスを持っていて、そこに3本の桜があります。二本は最初の孫が同時に2人も産まれたのを機会にお祝いに若木を二本購入したものです。もう一本はそのもっと前に購入したセカンドハウス用の土地の内庭にいれたもので、これらがどれも見頃の花をつけるようになりました。植物もれっきとした生物ですから一生懸命咲いているその時に主が見ないというのはこれは大変まずいというので、万難をはいしてわたくしの体が動く限りは一年に一度、沖縄のように遠くに住んでいても花見の時期に見たいと思っています。
これら三本はきれいに咲いていました。日を変えて二回見に行ったのですが、後の日が満開に近く、ここまで育ったかと、比良の山々の雄姿を背景に感動してめでました。2人の孫も中学生です。もっともっと大きくなって私がまだ元気なら桜パーティをここで開きたいと強く思いました。

大津ではあと坂本と三井寺の桜も見ました。どちらも素晴らしいのですが、ことしの坂本の太閤桜はすばらしく感動しました。天気もよく、かぜもすこし吹いて、あの大木のすべての場所が満開で桜の枝がかぜになびいて花が輝くさまはちょっと何とも言えない気分でした。
大津の自宅のまえの高橋川の並木も満開で町の皆さんが楽しそうに散歩しているのをみてそういえばこれらの木々ももう40才かと思ったものでした。

京都では、地下鉄東西線の西端からすこし北上して嵐山周辺の桜と東端の醍醐の桜を楽しみました。
嵐山はものすごい観光客、世界中の人々を見ました。でも桜はいつもと同じように咲いていました。しかしすこし歩けば人の殆どいない所に行けます。
安倍晴明神社の桜、静かに咲いていました。星印を持った神社は珍しい。
神社のすぐ傍の喫茶店でケーキとミルクコーヒーを注文し、店主の女性としばし雑談。神社の由来を聞いたり、いまは繁盛しても通年で雇用を続けるのが大変との裏事情も聞いたり。そのあと車折神社に行きました。変わったところで表札も変わっていてユーモアというかブラックが上に着くような文章で面白い。石を袋にいれてこれを祈念するというのがすっかり気に入ってついつい勝ってしまいました。沖縄まで持って帰りました。祈念神石とあります。すぐそばに祈念が達成できたひとたちが感謝の念でもどした石がうずたかく積まれているのをみてこれも感心しました。

その後に広隆寺にいきました。京都に40年以上住んでも広隆寺はたぶん30年は来てないと思います。久しぶりに弥勒菩薩の温顔を拝謁したいとおもいましたが、予想よりはふたまわりは小さかったのが意外でした。思い込みというのはこういうものかと、しばし考えてしまいました。広隆寺の弥勒菩薩、まじまじとみたのは高校の修学旅行がはじめてですが、像の大きさの基本情報が記憶になかったようでした。
広隆寺のあとは天神川の地下鉄駅から醍醐寺まで行きました。コミュニティバスなるものがあってそれに乗って寺まで歩かずに行きました。
こちらも観光客は多かったが、桜がどれもこれも満開で桜吹雪のなかを歩かせてもらいました。三宝院のなかはあまりにも混んでそうなので外側の花吹雪だけで満足しました。

二日半、こころから堪能した大津京都満開桜縦断の旅でした。
生きる限りこの時期桜を楽しもうと強く思いました。




# by yanagidamitsuhiro | 2018-04-07 08:00
2018年 03月 29日

横目で見る世の中

ここのところ、かなり長い間ただただ忙しいのでした。忙しいと言えば生産的に聞こえますがそうでもない。でも非生産的でもない。目一杯働いているのですし、無駄なことでもないので、意味というか意義はあるのですが、でもま仕事に埋没しているといっておよそ当たっているのでしょう。こういう時は毎日世の中をすっきり正面から見るのがむずかしく、わたくしは横目で見てると自分で納得しています。
新聞記事も大ニュースですら横目ですから、まともなコメントは出せずで、横目的反応しかしません。ここのところ世情を賑わしてる政治ダネも正面からみることはまったくありません。唯一正面から見てるのは、美味しい食べ物でして、忙中閑、旨いものを食べた時間の前後は世の中も正面から見えてきます。
やっぱり旨いものはうまい、きょうは特に旨かった。
なんの変哲もない沖縄のそば屋にあるやさいそばなんかがやたらに美味しく感じられる事があります。しかしそうはいっても本当にうまいのはAしかないのですが。
このひどく忙しい、横目人生がいつまで続くのか、我ながらあまりにひどいと思うのですが、まだまだ半年以上は続きそう下手すると一年くらいまだ続くのではないかと心底怖れています。
横目生活がもうだいぶ続いていますのでいまや精神も健康とはいいがたい。

ごく最近、那覇の大病院で半日人間ドックに入りました。毎年詳細なデータをだすほど価値のある人間とも思えないので、一年おいてます。これからはもっと間を開けてもいいのではないかと思います。
大量のデータがでましたが、お医者さんが感心するくらい異常値は少ない。
高校生の時に発見されて以来続いている貧血気味のデータ、40才頃に発覚した境界型糖尿病を示すデータ、今年も律儀に同じ値を示しました。
30代半ばになった胃炎は今でもしっかり痕跡を残してますが、なんでも美味しく食べてますというとお医者さんはやや失望気味で、でもなにかあるでしょう。とのこと。
ということで、横目の生活もあまりストレスがきついわけではない。
ストレスはどうですか、と聞かれて、どちらかというとストレスをもらうよりもむしろああたえるような生活なのでと申しました。
そういうわけで、この横目生活それほどわたくしの健康をおかしてないことが大体はっきりしたのでもう少し続いてもなんとかいけるかなと今は思っています。


# by yanagidamitsuhiro | 2018-03-29 16:21
2018年 02月 22日

パソコンでの最高度のトラブル

ここのところパソコンの調子が悪く困っていましたが昨日にITセクションのNさんに解決してもらってまたすっかり調子よく使えるようになり喜んでいます。
なにがおかしくなったかというと、そんなに使ってないはずなのにハードディスクの残存記憶量がどんどん減ってなくなってしまうのです。
フラッシュメモリーで500Gも入れてあるのですが、最近はしょっちゅう後メモリーが20Gしか残ってないとか警告がでて、慌てて大きなファイルを除いたりしていました。
いよいよ新しいのを買わないといけないのかと思っていましたが、どうも納得がいきません。なぜかというとそこまで使ってルはずがない、という漠然とした確信。
いっぽうで、20Gしかな残ってないので、慌てて大きなファイルを捨てます。
でも、またすぐ満杯近くになってしまう。その残存メモリーの減り方のスピードがあまりに速すぎる、なにもたいして溜めてないのにすぐ満杯になる。どう考えてもおかしい。
たとえていうと、パソコン内になんか無用のものがヘドロのように溜まってきて、いるという不安感覚でした。
わたくしはパソコン知識はあまりありませんが、でもこういう経験はこれまでありません。
実際にパソコン内のストレージ(貯蔵メモリー)をあけると、シスステムという項目になんと330GBもあるのです、わたくしの力ではそれを開けて調べる事ができません。

メモリーのバックアップはアップルのタイムマシンを使っていますがそちらのほうの機器では特に異常はない。
また家と大学の行き来にはパソコンをもたないで、ドロップボックスを使って帰宅すると自分用のパソコンを開けて、さっきまで大学で作業をしていたものの続行をしています。便利です。
今回はこの自宅で使っているパソコンががメモリーがすぐ満杯になって困っていたのでした。

Nさん首をかしげて1時間くらいあれこれさがしていましたが、とつぜんなんかすごいものを発見したようでした。
もしも間違いなくわたくしが理解したとすると、メールファイルに絡んでなにかが大量に集積してしまった、ひとつのファイルでとんでもない200G以上のものがあるというのです。これがシステムの中にあった訳の分からない300GB以上の正体不明のもののようでした。
なんでそんなことが起こったのか。どうもアップルではかなりの人達がこの症状、状態にはまっていたようでした。
Nさんによると、その対応策についてかなり沢山の記事がネット上にでているようでした。
わたくしの場合はタイムマシンをもう何年も使っている過程で、巨大化するような事がおきたのかもしれません。
くわしいことは説明をちゃんと理解してないというか聞いてないので分かりません。
ただ、あっさりそのファイルを消すわけにはいかないようで、ファイルのなかに必要な情報がちょっぴりあるようです。
だから、だんだんとほぐして必要部分と不要部分に分ける必要があるとかでした。
それで一晩なんというのかほぐし作業というか、ヘドロと僅かな必須部分を分離するのか、そんなことをして頂いたようです。
翌日にもまだそれに続く作業があって、とうとう夕刻になって、300G以上の使えるメモリードメインが復活しました。

これまで、わたくしが経験したトラブルでもっともレベルの高いトラブルで。トラブルファイルは怪物的というか動物的というか教訓的でありました。
復活したあとの気分は特別にありがたく感謝の気分でいっぱいとなりました。

若いNさんに深謝です。



# by yanagidamitsuhiro | 2018-02-22 15:54
2018年 01月 20日

那覇・名護間の鉄軌道

沖縄県ではいよいよ鉄道を那覇と名護の間に作ろうということでその路線がほぼ決まったというニュースが新聞にでました。
それによると、那覇から国道58号沿いに北上して浦添、宜野湾、北谷、沖縄、うるま、恩納を経由して名護まで行くのだそうです。
線路は地下トンネル、高架、山岳トンネル・高架とあって名護・那覇間ほぼ1時間だそうです。

車通勤が必須で、また旅行者を中心にレンタカーが毎日3万5千台走り回る現状がいいはずがありません。やっと、という感じですが。
完成予定が15年後ということですから先の長い話です。

沖縄にとっては非常に大切な計画で、本当ならこの計画をもっと前にいの一番にはじめるべきものと、わたくしのようなよそものは強くおもいます。

工事費は6千億強だそうです。
良く比較されるシンガポールでは沢山の地下鉄があり、交通事情は天と地くらいちがってますが、まずどこからでもいいので、工事を始めて一駅でも二駅でも運行を開始してほしいものです。

沖縄の報道では、なぜか鉄軌道といいます。
運営主体は会社になるのか県がやるのかまだ決まってないようです。


# by yanagidamitsuhiro | 2018-01-20 13:25
2018年 01月 16日

困ったものです

今年2018年はどうなるのか、不安の念を持っている人達は多いでしょう。わたくしもその一人です。
予測できないのは、いろいろありますが、やはり米大統領が最初に来るのでしょうか。
北朝鮮の若い統領も二番目に来るのでしょうか。
これに諸外国の様子をみればどこもかしこも不安定、大きな問題を抱えてるように見えます。
核を持っている国は潜在的になにかが起きる可能性はあるくらいに思わないといけないのかもしれません。
しかし一方で世界景気は好調とかで、日本も新卒大学生は売り手市場とか、株式もだんだんかつてのバブルの時期の金額に近づきつつあるようです。
なんだか、世相を横目でみると◎◎狂躁曲とか表現された時代に似てきたような気がします。

わたくしは日本のバブルと言われた時代にちゃんといたはずなのですが、まったく気がつきませんでした。
研究にひがな夢中でなんだか主婦が財テクするとか新聞の見出しを見てもなにもピンときませんでした。
それがバブルがはじけたと聞いて初めてなんか世の中で大変なことが起きていることを知った次第。
人生で研究にのみいちばん埋没していた時期なので、バブルの実体験もなく何の教訓も持っていません。
おかげで何の損も得もしなかった。
そういうわけでこれからバブルがくるのならもう少しちゃんと観察したい、そのために経済の勉強もしようと言うことで、投資は何もしませんが、経済を自分なりに学んでいます。

いちばん怖いのは軍事ですが、どう学んだものやら。
衛星のチャンネルで真面目な国際ニュースなどあればおりおりに見てますが軍事についてこれといって賢くなったとも思えません。
怖い国は大国、小国はっきりしていますが、たぶんそういう国以外が核がらみでなにかを初めてしまうのではないか、とかその予兆がないか、この年ですから個人的な不安はないのですが、やはり日本の将来や家族の将来を考えると不安になることもあります。

2018年、今年の終わりにどんな感想をもつのか、皆目見当もつきません。
悲観も楽観もできず困りました。


# by yanagidamitsuhiro | 2018-01-16 17:51
2017年 12月 30日

2017年はながい一年でした

今年2017年はわたくしには長く感じる一年でした。
メタボライトの研究を始めてから10年近くたっていますが、人の個人サンプルを調べて老化に迫るというプロジェクトが軌道に乗ってきて、あたらしい知見を沢山理解せねばならなくなりました。新データが続々えられる時期だったので、わたくしの脳にはかなりの負担だったのかもしれません。それで一年が長く感じたのかもしれません。
やはり何歳になっても青春はあるという先人の言葉は本当で、新しいことを毎日現場で学んでいく日々はまさに「青春」そのものだったような気がします。それで一年が長く感じたのなら、ほんとありがたいことでこういう状態が何年も続いてほしいものです。
12月にはConBIOという合同年会で沢山の人達に成果について発表できたこともありがたいことでした。ただメタボローム解析はまだなじみが浅いせいもあるのか、どこまで理解してもらえたかはもうひとつ分かりませんでした。

わたくしはずっと学生時代から基礎研究ばかりしてまして、無用の用、とうそぶいていました。ここ2,3年はじめて社会的価値がすぐわかるような研究も始めたものでした。特許申請なども初めてやるという初心者経験をしたものです。それも一年が長く感じる原因だったかもしれません。この研究が今後どうなるかは分かりませんが、始めた以上なんとか有益有用なものになるように努力したいとおもっています。おかげで、わたくし自身の基礎と応用というコンセプトは、実地経験も豊かになりだいぶバランスがとれてきたような気がします。
2018年ではもうすこし具体化しないといけません。

ともあれ長い一年でした。わたくしが編集長をしていた雑誌Genes to Cellsも最近投稿数が増えてきています。この数は国内災害や、捏造事件、経済状況などを反映するという経験があるのですが、ことしはその点、良い年で、来年はもっと良くなると期待したいものです。

もうひとつ、米国のトランプ大統領と北朝鮮の若い統領金正恩この2人が世界および日本を大きく攪乱しました。これからどうなるのか、不安の時代でした。沖縄には嘉手納という最強の米軍基地があり、そこからあまり遠くないところにわたくしは住んでいますので、平和の価値は日夜強く実感しています。2018年も世界情勢とくにアジア東部が決しておそろしいほうに向かわないように祈っています。


# by yanagidamitsuhiro | 2017-12-30 22:36
2017年 12月 09日

神戸での合同年会の印象

シンガポールの印象をブログには書きませんでしたがツイートのほうですこし書いた。前よりもずっと好印象です。特にDuke Universityとのキャンパスはかなりフレッシュな印象を持ちました。学生も教員も大変いい感じです。これは20年30年後が楽しみです。シンガポール政府も気を変えずにずっとサポートしたらアジアの最先端的な国際大学になると思いました。もちろんシンガポール国民は全員英語をしゃべりそれ以外にもう一つの言葉をしゃべるというのが国是のようなので、日本とは事情が著しく異なります。でも違いはおそろしいほどです。

12月6日から神戸であった合同年会(生化学と分子生物両学会)も今日9日となり終わりです。わたくし別なところで怠け参加者と自認しましたがその割には、真面目でした。
会の印象については大きすぎて、全体の会の印象を得るのは不可能。
会場分布の地理をおぼえるのが難しく、その3次元的な複雑さが記憶最終日頃にやっと頭に入る次第。
人数は非常に多いはずなのに意外に少なく感じる。会場分散と、皆が通るもしくは溜まる場所がないからか。
会いたい人を思い浮かべて何人も居たのですが、だれとも会えませんでした。たぶん来ていないのでしょう。合同といってもそれで参加者が単純に足し算で増えるわけでなく、やはり特殊な会だなとの印象。
まあ何年かに一度やればいいのかなという印象。一方で学会を合併せよという声も一部で強いのは承知してます。これは若い世代が決めていくことなのでしょう。

ともあれ今日夕方まえには大津の家に久しぶりに戻ります。

生命科学は一面の繁栄と他面の苦渋の抑制が現況でしょうか。
未曾有の困難期とみるか日本の国運の低下を考えればよくやっているとみるか、判断は難しい。わたくしはどちらも正しいのだとおもいます。好況を謳歌する研究環境と極めて厳しい環境のどちらもあるということです。集中と選択の当然の帰結でしょう。
ただ、アジア諸国は恒常的な上昇を前提としているので、日本が脱落と停滞をある程度はしかたないという方針でやっていることがこれから30年後にどう響いて結果が生じてくるのか、わたくしは悲観的です。
これから20年、30年を担う日本世代のモラルつまりやる気ですね、そのあたりに強い危惧を感じています。すでにモラルの退嬰はかなり現役トップでも顕著となりつつあるように感じます。
そうなってくるのが、選択と集中の大衆的効果の当然の帰結でしょう。さらに30^40年後に人口が三千万も減少するのですから、相乗効果も大変です。
でもごく一部の少数は素晴らしい業績を挙げ続けるとおもいます。



# by yanagidamitsuhiro | 2017-12-09 08:35
2017年 11月 12日

シンガポール大学訪問

今週末にシンガポールにいきます。
二つのキャンパスにいってセミナーもダブルで全部で4回するので、またどうも沢山の人達と会うようなので1週間以上滞在することになるようです。
かつて京大時代大学院生だったChen Ee Sinさんとやはり京大の学部生時代に研究室にいた板鼻さんのおふたりのお招きによるものです。
しばらくぶりなので、また妻も同行してくれるのでゆっくりして旧交を温めたいとおもっています。

前回はヒトゲノムの会でシンガポールに出かけて本庶先生の講演を聞いたハッキリした記憶があるのですが、何年前かハッキリしません。いまカレンダーを見ると2013年4月HGMと確かにありました。
その前にたぶん2011年頃にもいってますが、その時はChenさんに会うのが主目的だったような気がします。それとも別用だったか。
田矢さんは長いことシンガポールにいましたが、日本に帰国後亡くなりました。
思い出すたびにつらい記憶になっています。
シンガポールの国がどんな風になっているのかそれなりの興味がありますので、国柄の変化をみるのを楽しみにしています。


# by yanagidamitsuhiro | 2017-11-12 23:08
2017年 11月 03日

つなぎつなぎで忙しい

この秋はやたらに忙しい。目が回るぐらい忙しいのです。
しかし、なにか大きなことを達成したかといえばそんなこともなく、ただ息つくひまなしに次から次にやることが出てくる。あちらへ走り、こちらへ走る。
こんな生活いいはずもないですが、やらなければならないことばかり。しかたありません。
あしたは関西です。連休中の土曜ですが、なんだかしりませんが、京都に戻ってこなせばならない、人と会うことがいくつか。旅行日にしては忙しい。
理髪にはいけそうもなし。息子がいうにはお父さん、ほったらかしたほうがいいじゃない。そうかもしれない。
月曜にも案件があって、終わったらその足で関西空港に行って最終便で沖縄に戻ります。今から疲れそう。助かるのはおしゃべりできる同行者あり。

昔は忙しい時は達成できることがあるので、忙しかったが今はメールではすまないのでわざわざ出かけて会うわけですから、やはり何かそのあたりに、忙しい割に成果が上がらない理由が発見できそうです。
最近なにかで「ぐたぐた」忙しいという表現がありました。
ぐたぐたはちょっとひどいので、「つなぎつなぎ」の忙しさとわたくしはこの際言っておきます。
そういう忙しさを知ってる人達がいると思います。




# by yanagidamitsuhiro | 2017-11-03 17:57
2017年 10月 21日

現場にいかないと、

昔、英国人の友人が日本に来て「開口一番、日本人はやはり日本でみると理解しやすい」「日本で会わないといけないのだな。母国でこそ日本人らしいのだ」。わたくしにとっては名言をはきました。
つまり英国のなかで旅行者やもしくは研究室の同僚としてつきあっても日本人は、なにかよくわからないことが色々ある。
それが日本にやってきて殆ど日本人ばかりの中で見ればあのちょっとした仕草や、表情の変化もろもろが理解出来る!
なぜならみんな同じようにしてるじゃないか。
食事風景、通勤風景、住宅地風景、どれをみても日本人はなるほど、こんな風に生活しているのだ、わかった、わかった、というこんな感じだったらしいです。
わたくしもインドに行ったときに似たような感想を持ちました。

昨日、京都の高校にでかけて授業風景を見せてもらいました。
ごく短時間ですが、今風の高校生はこんな感じなのだと理解しました。
男女共学ですから、男女半々くらいの高校生が座って発表したり聞いたりしているのを見ているだけでも興味深いのですが、通学中の高校生でなく授業中の高校生をみて、ふーん、とよくわからない衝撃をうけました。
未消化なので発言できませんが、やはり現場にいかないとわからないものだと思いました。
それともうひと言、高校生の顔つきはずいぶん変わったような気がしました。しかし、一般化してはいけないかな。


# by yanagidamitsuhiro | 2017-10-21 21:17
2017年 10月 09日

比良湖岸での散歩をしながら考える

ここのところ忙しくて比良の方の家にいくことが減っていました。
それで日曜、妻と日中行ってきました。
家の外の世話をおりおりにお願いしているIさんも見えました。わたくしはなぜか家を複数もつことにまったく心理的負担がないのですが、これは妻のおかげも多大にあるのですが、Iさんの存在もまたとても大きいのです。
毎年樹木はどんどん大きくなってかつては草原のなかの家だったのがいまでは森の中の家にになってしまいました。もう2,3年したらこの風景をもっとさっぱりとせねばならないとかんじました。
朝は栗を拾いました、今年三回目の収穫です。けっこう時間がかかります。すこしサルたちにも収穫を分けている気配でした。
ケージの中の野菜も10月になってもまだ収穫がありました。

昼から湖岸に向かってあるいて、湖岸沿いに1時間以上散歩しました。
周辺道路は車でイッパイのところが多いようです。しかし、歩けば静かでかわらぬ一望の比良山と湖岸風景を楽しめます。
前日と明日は共同研究者との話あいをする必要があります。
慣れぬ分野なのでなかなか結論が下ろせないのですが、でも話あいのために読んだり考えたり、自分たちのもつデータを当てはめたりしているうちに遅遅とはしているものの着実に概念的な進歩があります。
進歩とは楽観的な解釈が良くないとか、まったく別な可能性もあるのではないか、そういう別の考えを考慮したりすることです、これがわたくしの考える研究中の「進歩」の大半です。
進歩があって論文を書くのを止めるというのも当然あります。
しかし、このケースは自明のように言われている説明は本当に正しいのかというレベルからスタートしているのでなかなか決着が難しい。
結局は、より慎重なコメントに止まるということになるのでしょう。
何日も使って読み込んだりまたいろいろ議論しても結局こうなることはよくあることなのです。

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# by yanagidamitsuhiro | 2017-10-09 11:42
2017年 10月 02日

カタロニアの記憶

受験生の頃か大学入学すぐか、オーウエルの動物農場(Animal Farm)を原書で読みました。やさしい英語ですが読了した高揚感でしばらく自分の英語力でもこういう本を最初から終わりまで辞書を引き引きでも読めるとこれから英語原書をたくさん読もうとしたものでした。
次はサマセットモームの本でこれも読みやすそうに見えたからです。月と6ペンスだったか途中まで読んだものでした。
その次くらいにまたオーウエルのHomage to Cataloniaを読みました。自発的に読んだのか、教養の授業で読まされたのか、大昔のことなので記憶が定かでありません。
でもこの本はわたくしに甚大な影響を与えたらしく、大学の紛争と誰もがイデオロギーを語るのに夢中で、自分もその一人だったのに三日坊主でなく三ヶ月坊主ですっかりイデオロギー嫌いになってしまったのでした。それが、オーウエルの筆致というか行間に溢れる若さからくる政治情熱と、それをはるかにうわまわる人々への共感と愛情に心を揺さぶられたものです。
それから10年もたってスペイン1ヶ月旅行を企てたのもこの本の影響があったように感じます。実際にわたくしにとって人生でいちばん意義のある旅でした。
30才になるにはまだ間がすこしある時期で、自分の人生でいちばん不安感と高揚感が大きかった時期だと思います。

今朝の朝刊を見ると、カタロニアは独立するかもしれないとの報道です。
スペイン市民戦争の背景は何だったのか、ファシズムとへの闘いで義勇の戦士も沢山いたしオーウエルもその一人だったのでしょう。でもその一方で100年経ってもやまない地域間の争いだったとも言えるのでしょう。
カタロニア州独立について、今回はイデオロギーの言葉はあふれてなく、地域がぜひとも独立をしたい。
なぜか、根底に怒りと悲しみがあるに違いありません。
ですから、泥沼の争いでなく、できるなら平和裡にやってほしいと願うばかりです。
あのとき10日くらいぼやっと過ごしたイビサ島はカタロニアの一部なのでしょうか。スイスに戻ってイビサ島にいたと言ったら、お前はヒッピーだったのかと言われて目を白黒させたのを思い出します。

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# by yanagidamitsuhiro | 2017-10-02 09:09
2017年 09月 08日

みほその町余聞

沖縄の家のテーブルの端のほうにみほそMAPというパンフレットが畳んでおいてあります。うるま市石川とも書いてあるのでこの地域の食堂などを地図にして示しているので重宝しています。
みほそとはくびれた所で、人体でいえばおへそのあるあたり、くびれてない人もいるなどと余計なことは言わないようにしましょう。石川にはみほそ祭りというのもあるそうで面白いのですが、ほそ、をほぞとして辞書で調べればちゃんと臍とおへそが出てきます。もちろんへそでも臍と出てきます辞書にはふるいことばでほそ、そのあとほぞになったと書いてあります。
わたくしも反対側ですが沖縄の島がいちばんほそくなったあたりに住んでます。近くの石川岳という山の頂上に登ると両側、つまり太平洋と東シナ海の両方が一度に見えないかとおもったのですが、いっぺんに両方見えるところは分かりませんでした。でも至近距離で両方見えます。
滋賀でも琵琶湖の一番くびれたあたりに住んでます。琵琶湖大橋という橋が架かるくらい狭い所なので、なぜかみほそにわたくしはついているようです。
わたくしはこのみほそと自分で呼んでいる町のほうの飲食にはせっせと出かけてかなりの数の店を知っていますが、反対側はツーリストが多すぎて今ではまったく利用しません。フツーのひとがフツーに暮らしているみほその町が好きです。
しかしホテル街のおかげでこのみほその町も最近は随分活気があってたくさん建物もたち、店屋も増え、住んでる人も増えてるようです。ホテルの従業員用のビルもこのみほその町に多いようです。6年前とはおおちがいです。
わたくしは最近この町でヤギ肉をおいしく食べたり、道路から外れた山奥の農場になかなかのレストランができたりとかいち早く店のお客さんから情報として得ています。

最後になりましたが、みほその町は10年くらい前までは名実ともに悪臭の町として沖縄中で有名でした。ぜったいに住まないとは、ある沖縄ヤング女性の言。昔は、豚舎が沢山あったらしい。お客さんを連れて行くとまったく呼吸ができないとか、全身に匂いがしみてと、タクシーの運転手さんにも聞いています。
今でも悪臭ははっきりいって折々に残っています。しかしこの5年でかなり緩和されてましになりました。でも風のぐあいで日によってはけっこうきつい、その時のあんばいで随分異なります。でも、ひとこと追加しておきます。
わたくしはこの町がツーリストに荒らされたくないので、みほその町をお守りする悪臭とひそかに名付けています。


# by yanagidamitsuhiro | 2017-09-08 08:25
2017年 09月 01日

沖縄での日照りと暑さの後で

今夏の沖縄は暑い。35度気温も珍しくない。それで植物も随分つらい環境になって二つそこそこ大きくなった鉢植えも出張中に枯れてしまいました。
アセロラも木の半分くらいの葉が茶色になって枯れるかとおもったら、葉が落ちた後沢山花が付きました。
こんなに沢山の花をみるのは暫くぶりです。とりあえず眺めて満足しています。
実がなって食べられることは期待していません。


また今年の夏は暑くてバナナに良かったみたいです。
写真を撮ったのは今年二度目の房です。かなり大きめのができました。はじめのはこの3分の2くらいのサイズでした。
しかし、島バナナは依然成功していません。
かなり大きくなったのがあったのですが、不在中の風で倒れてしまいました。倒れただけでなく隣にあったバナナの幹にぶつかってしまいそれも倒れてしまい、共倒れ、やれやれでした。
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# by yanagidamitsuhiro | 2017-09-01 17:33
2017年 08月 18日

本土時間と沖縄タイム

8月の始めに仙台での国際シンポジウムに行ってきて帰ってから数日して、関西にもどりまして、割合長めの夏休みをとっています。ゆっくりできましたが、それもそろそろ終わりに近づきつつあります。
沖縄では会えない人々が沢山いますのが、旅行と関西でかなりの数にひとびとにあえました。休暇のあいだには家族にも全員会って、気分的にはとても充実しました。やはり色々人に会うのもいい充電のようです。
それに比良の家にいると自然に囲まれて全身が自然に満たされる気分になりました。
比良の家はもうすっぽり森に囲まれた感じになりました。この家を作ってもう15年近くたちましたが、この間樹木はしっかり成長しました。
またそれとは正反対に今回は祇園のような日本文化の粋のような場所でも一夕親しい人との時間も持ててこれも気分的にとても充実しました。

わたくしはいまや沖縄生活をこよなく愛している面もあるのですが、こういうわたくし流の沖縄時間とは著しく異なる本土時間があるので、それでバランスがとれて、沖縄タイムもゆったりと愛せるようになったのだと思います。ダイナミックなバランスが心の中でとれているのだ感じています。

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この木の栗のいくつが自分の口の中に入るか、毎年の関心事となりました




# by yanagidamitsuhiro | 2017-08-18 16:37
2017年 07月 18日

ある朝ひとり身のわたくしの朝食

これは昨日の朝のわたくしの朝食です。
温菜はなく、パンだけトースターで焼いて、後は紅茶です。
ヘルシーかつ、美味かつ、おなかいっぱいになります。でもカロリーは適切です。
ルッコラは比良の家の畑で生えたものを妻に手渡されたものです。
ベーグルは半分です。
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# by yanagidamitsuhiro | 2017-07-18 23:27
2017年 07月 10日

若者はなぜ奨学金返還で苦しむのか

奨学金返済でくるしむ若者が増えているとききます。今の大学の奨学金はなまえばかりで実際には金融機関から借金するのとなんら違いはないと聞きます。取り立ては厳しく苛烈で、払えないとブラックリストにのり、兄弟までもがそのチェインに入ってしまうというブラックな話もあります。大学院まで500万円程度の借金を作るのはざらなので、返済のことがその後の人生の最大に気がかりになってしまうとも聞きます。
いっぺん払えないとかお金的に困った状態になると、文字通り借金地獄になるとも聞きます。
高校卒業時のバラ色の未来とはまったく異なったとんでもなく暗い人生になってしまう。
週刊東洋経済で特集しています。
まだ未成年の高卒生徒が数百万円の利子付き借金をする決心をすることの危険性も強く社会は意識すべきだとありました。
まったく同感です。
また奨学金を昔のイメージで返さなくてもいいのが大半という完全に誤った認識でいる年寄りが多いのも大きな問題。
実情はその正反対。ほとんどが親も含めて返済に苦労している。
最近その苛酷な状況が社会でも意識し始めたのは少しましか。
日本が高等教育に税金を使わない点で、OECDの最劣等国であると聞きます。そのことはどの程度認識されているのか。
苦学もある水準を超えると一般のひとには転落のみちしか見えてこないのです。

日本の社会の視点を変えてほしいと強く思う。
金銭で困る若者たちに優しい目を向けてあげないと、いけない。借金という金銭で苦しむ、若者の人生は暗すぎると思うのです。愚かといわないで、社会は一緒に考えるべき。
西村賢太さんクラスでないと、このような苛酷な状況や借金を堂々とやり過ごせないはずです。
でもそんな人は百人にひとりくらいでしょう。
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# by yanagidamitsuhiro | 2017-07-10 15:59